【本会議・討論】
高校歴史教科書における「集団自決」の記述に関する請願に対する賛成討論(6月17日長沢和彦)


 ただいま上程されました第5号請願と第6号請願に対し、日本共産党議員団の立場から賛成討論をおこないます。
 両請願は、高校教科書検定による「日本軍の関与」がなかったかのような修正・削除に対し、同記述を回復することを文部科学省に求める意見書の提出を求めたものです。

 両請願にたいする賛成理由の第1は、通説とされている「日本軍の関与・強制」を削除する根拠がないからです。
  教科書の記述で、沖縄戦の住民虐殺が書かれるようになったのは、80年代になってからです。検定で日本軍による住民殺害の記述を認めるという文部省の方針を受け、翌1983年に、家永三郎氏が『新日本史』で日本軍の住民殺害を書き、検定申請します。
 文部省はこのときに、住民殺害に削除の意見はつけませんでしたが、「沖縄戦の記述の一環として、・・・最も犠牲者の多い集団自決を加える必要がある」との検定意見をつけます。その結果教科書は、「沖縄戦は地上戦の戦場となり、…砲爆撃にたおれたり、集団自決に追いやられたりするなど、非業の死をとげたが、なかには日本軍のために殺された人々も少なくなかった」という記述になりました。この検定に対して、家永氏が第3次教科書訴訟をおこし、南京大虐殺、731部隊などと並んで、沖縄戦に対する検定も裁判の争点になりました。この裁判の中で、国側は、「集団自決」について、日本軍によって犠牲にされたのではなく、国のために自ら殉じた崇高な死であるという殉国美談として描き出します。これに対して、現地沖縄もふくめ、歴史研究者たちは、家永訴訟を支援し、「集団自決」は日本軍によって強制されたものであることを徹底して明らかにする取り組みをすすめます。その結果、最高裁の判決は、検定を容認するものでしたが、判決の中で、「集団自決」については、「崇高な犠牲的精神によるものと美化するのはあたらないとするのが一般的であった」とし、「軍による住民殺害とともに集団自決と呼ばれる事象を教科書に記載することは必要と考えられ、また、集団自決を記載する場合には、それを美化することのないよう適切な表現を加えることによって他の要因とは関係無しに県民が自発的に自殺したものとの誤解を避けること」と述べています。
 こうして、「集団自決」については、自発的に国のために殉じたのではなく、日本軍によって犠牲にされたという趣旨で、「日本軍によって集団自決に追い込まれた」「強いられた」という表現が教科書でなされるようになっていきました。
 今回の文部科学省の検定意見は、最高裁の判決でさえ認定した記述を、今日では通説となっているものを20年ぶりに書きかえようというわけです。

 第2に、文部科学省のこれまでの言明に反して、係争中の一方の主張を検定意見の根拠にしていることです。
 沖縄戦をめぐっては、2005年から「新しい歴史教科書をつくる会」が策動をはじめています。現会長の藤岡信勝氏らが中心となって、「沖縄戦の授業案」なるものが雑誌に掲載されました。そこで藤岡氏が、問題にしたのが「沖縄戦で民間人が軍の命令で集団自決させられた」という記述でした。
 同年夏には、その「つくる会」が支援をし、座間味島の元日本部隊長の梅澤裕氏と渡嘉敷島の部隊長の弟が、軍命令があったと書いたのは、名誉毀損であると、大江健三郎氏と岩波書店を相手取って損害賠償、出版差し止めを提訴しました。問題は、今回の検定での文部科学省の検定理由の1つにこの裁判があげられていることです。しかも、検定意見が出されたのは、地裁で確定される前です。係争中の一方の側の主張を根拠にすること自体、異常のきわみです。ただし、その裁判においても大阪地裁は、日本軍による命令を推認できると判断し、被告の全面勝訴となりました。
 また、この検定の担当の調査官は、「つくる会」の歴史教科書・改訂版の監修者を代表する研究グループに所属していた経験をもつ人物であることも、国会の場で明らかにされました。こうした事実からも、今回の検定が、学問的な検討のうえにおこなわれたものではなく、侵略戦争を美化する特異な立場から、極めて政治的におこなわれたものであり、認められません。

 第3に、沖縄戦研究で明らかになった、「集団自決」においての日本軍の関与・強制という事実を削除するものであるからです。
 今回裁判で争われた、座間味島の梅澤裕部隊長の「自分は軍命令を出していない」という証言・手記は、すでに1986年に、『沖縄県史』編集に関わっている沖縄資料編集所の雑誌に掲載されています。すでに、20年前に、部隊長がはっきりと自分は軍命令を出していないと主張していることが、公式の出版物で刊行されている。つまり、今になって出てきた新しい事柄ではありません。
 沖縄では、日本軍によって、住民に対して「絶対に捕虜になるな」「捕虜になることは恥である」という教育や宣伝がやられました。また、学校、役場や新聞などあらゆる媒体を通してもおこなわれました。捕虜になるのは恥だということとセットで、「軍官民一体」「共生共死」が繰り返し強調され、日本軍が玉砕するときには、住民も一緒に死ぬのだということが叩き込まれていったのです。さらに、渡嘉敷島や座間味島を含め慶良間諸島では、あらかじめ日本兵から手榴弾が配られていました。その状況下で米軍が上陸してくる。逃げ場も無い小さな島で、とりあえず山に逃げる。しかし、もうだめだ、日本軍も玉砕だと思い込む中で、「自決」がはじまったのです。「自決」がはじまったときに、渡嘉敷島でも座間味島でも、「軍命が下された」と聞いたとの証言がたくさんあります。同時に問題は、直接の軍命だけにあるのではなく、日本軍と日本軍によって指導された戦時体制によって、米軍が上陸してきて追い詰められた状況下で、自分たちは死ぬしかないと思わされていたことにあります。アメリカ軍は住民だとわかれば保護しました。ですから、客観的に見れば住民は生き延びることができた。にもかかわらず、自決するしかないと思い込まされ、死ぬための手段として手榴弾が日本軍からあらかじめみんなに配られていた。「集団自決」を考えるとき、それが基本的に、日本軍がいたところで起きていたことを見るのも大事な点です。軍がいなかったところでは「集団自決」は起きていません。そこでは、移民帰りの人だけでなく、戦争に疑問を持つ人、民間人が犠牲になることはない、と素直に考える人はあちこちにいましたが、彼らがそうした考えに基づいて、住民たちを説得し米軍に集団で投降できたのは、日本軍がいなかったからです。日本軍がいれば、そうした人たちはスパイ、裏切り者として殺されていました。
 そのことを教科書で一言で表現すれば、「日本軍によって集団自決を強いられた」「日本軍によって集団自決に追いつめられた」となります。これが、この20年来の研究の成果を踏まえての教科書の記述なのです。
 教科書には、“部隊長の命令によって集団自決が起きた”という書き方はどこにもされていません。より抽象的な日本軍という言い方で、その責任を明らかにしています。にもかかわらず、文部科学省の検定についての説明では、「部隊長の命令があったとは言えないから」と、およそ理由にならない理由をあげて、日本軍による強制を削除する理由にしているのです。
 「集団自決」における日本軍の「軍命」を否定する人々は、それは、戦後に援護金を受け取るためのつくり話だったと言います。しかし、これもまったく根も葉もない話です。一昨年、歴史研究者が、アメリカ軍の公式資料から「集団自決」に関するものを見つけ、沖縄タイムスに発表しました。これは、アメリカ軍が慶良間諸島に上陸した直後の文書です。住民の証言の多くが収集された70年代以降の証言内容とまったく同じ証言が、1945年3月末、集団自決の直後の時点で、米軍によって記録されていたのです。ですから、軍命とは、戦後に援護金欲しさに後から作り上げたものという主張に何の根拠もないことは、この資料からも明らかです。
 文部科学省のいうような、日本軍の関与・強制を否定する研究などどこにもありません。日本軍が「集団自決」に住民を追い詰めたこと自体を否定する、論理も何もない政治的な意図をもった主張だと言わざるを得ません。

 最後に、検定制度について述べます。
 「集団自決」から「日本軍の関与・強制」の記述を削除する教科書検定は、学問的な通説を逸脱した、文字通り一方的な立場から行われたものです。まさに教育への政治介入そのものであり、文部科学省が検定を撤回しなかったばかりか、訂正申請を修正させてまで「強制」記述を改めなかったのは、教科書検定制度の危険性を浮き彫りにしています。誤った検定意見を撤回し、正しい記述を回復するのは当然であり、政治的な介入がまかり通る密室の教科書検定制度そのものを、抜本的に見直すことが不可欠です。
 以上述べて、第5号請願並びに第6号請願の賛成討論とします。