本会議・討論 浦野さとみ

〔浦野さとみ議員登壇〕

○31番(浦野さとみ) ただいま議題に供されました、第5号陳情、平和の森公園に中野体育館が移転することについて、第6号、第8号、第9号、第10号陳情、平和の森公園に中野体育館を建設することについて、第11号陳情、中野平和の森公園の保全について、及び第12号陳情、平和の森公園のあり方についての計7件の陳情につきまして、日本共産党議員団の立場から一括して賛成の討論を行います。
 これらの陳情は、緑と広場の平和の森公園を今のまま残してほしいという主旨のものです。以下、4点について賛成の理由を述べます。
 第1に、各陳情にもありますように、現在の平和の森公園は、緑豊かでいつでも誰でも自由に利用できる、これだけの広大な草地広場と樹林帯を持った場所は区内でも大変に貴重だという点です。子どもたちにとっても安心して自由に遊べること、またどの時間帯においても幅広い年代の方がそれぞれの親しみ方で健康や生きがいの場として利用されていることなど、安全で快適な憩いの空間として多くの区民の皆さんに愛されている公園です。
 現在、具体的な図面は示されていませんが、区が検討を進めている新体育館、陸上競技トラック、多目的グラウンド、全てを平和の森公園内に整備するとなれば、当然公園全体のあり方が大きく変わります。区は、樹木については十分配慮をしていくとしていますが、一定の範囲にわたっての伐採が想定され、また草地広場の利用のされ方にも制限が出ることは避けられません。
 新しい中野をつくる10か年計画(第3次)(素案)に係る意見・質疑における区の見解・回答の中でも、草地広場への陸上競技トラック整備については、利用者同士譲り合って利用していただきたいと考えているが、今、草地広場を利用している方々に大きな制約をするつもりはないと述べる一方で、子どもたちが遊ぶ横をランナーが走り抜けるなどということのないように使用時間帯の管理をしていくとしています。そうであれば、やはり現在の利用のされ方はできなくなることは明らかであり、そうした懸念なども含め、七つの陳情の主旨にある、今のままの平和の森公園を残してほしいという願いは現在の公園利用者の切実な声であると考えます。
 第2に、防災機能や環境保全機能においてもこの平和の森公園は重要な役割を果たしていることです。当時、緑と広場の避難場所をと、防火樹林が計画的に配置をされてきました。現在の平和の森公園におけるこうした樹林帯、緑の果たす役割は極めて重要だとの認識は誰も否定できません。防災専門家の中村八郎氏によれば、防災公園の機能としては、緑のある空間、そして何にでも利用できる広い空間が大事だと述べられています。区は新体育館を設置することでこの公園の防災機能をさらに向上していくとしていますが、災害時には体育館は遺体安置所として利用されることが想定されています。沼袋小学校跡地や哲学堂公園など、近隣の区有施設等の機能分担も含め、総合的に検討してこそ防災機能の向上につながるのではないでしょうか。
 現在、区が予定している1万平方メートル規模の新体育館を仮に少年スポーツ広場のあたりに建設することになれば、先ほど述べたように、周囲の樹林伐採は避けられず、広域避難場所である公園の防災機能、そして避難有効面積は大幅に削減されることになります。また、夏の炎天下などの際においても公園内の気温が低くなっていることによる避暑機能も低下を招きます。貴重な緑と空間を生かすことこそが求められています。
 第3に、第11号陳情に触れられているように、平和の森公園の開園に至ったこれまでの歴史や経過を大切にすべきという点です。
 1954年を起点に、刑務所の移転を求める区民運動が広範に、かつ粘り強く展開をされ、1975年9月の法務大臣の廃止声明は全区民一致の長く苦しい区民運動の成果とされています。その後、廃止声明をめぐって区民の間に多様な区民福祉施設の要求が広がりましたが、区民協議会において再三の討議が重ねられ、今後二度と出現しないであろう貴重な公共空間であるとの認識から、20年あまりの区民運動が求める緑と広場の避難場所の目的と過密な中野区の現況に照らし、跡地は可能な限り空間として確保し、分割的な利用はせずに一体的な活用を図るべきであると結論づけられています。
 1981年2月には、前年に設置された中野刑務所跡地利用計画区民協議会が丸1年を費やして「中野刑務所跡地にみどりの防災公園をつくるために」と題する基本計画案をまとめ、区長に提出しています。基本計画案では四つの柱が示され、その中で、緑の広場を中心に樹林帯と水辺をできるだけ多く配置して防災に備える、平常時には子どもたちが自由に遊びをつくり出せるような広場や家族でレクリエーションを楽しめる多目的な空間とする、さらに障害のある人、お年寄り、子どもなどあらゆる区民が日常、非日常とも気軽に利用できるよう十分配慮するとされました。
 また、その後、1997年から1998年に至る平和の森公園第2期整備地域検討会における成果においても、この公園の基本的な位置付けは「刑務所跡地利用区民協議会報告─昭和56年─」が示す緑の防災公園と家族を中心としたレクリエーションの場であることが確認をされています。
 こうした長年の区民運動とその成果を無視し、時の行政の都合で平和の森公園の利用計画を変更することは許されるものではありません。
 最後に、第4点目として、住民参加、区民合意の区政運営のあり方として区のこのような進め方には大きな問題があるという点です。七つの陳情のうち二つの陳情には署名が添えられていましたが、合わせて6,000人を超える方から署名があったことからも、その重大さが見てとれます。
 当初は、第九中学校跡地に新体育館を建設するとされてきた計画が、平成25年3月には現在の体育館の場所を含む区域3区有地での建てかえへと変更がされ、そしてことし3月に突然平和の森公園内への新体育館整備の方針が示されました。たび重なる計画変更に当たってはまともな説明がされておらず、加えて、平成27年度の予算審議が終わった直後に、同年度の一般会計補正予算として平和の森公園改修検討に係る基本構想・基本計画策定及び都施設改修調査委託費用が提案されたことも不透明な部分が多いと言わざるを得ません。
 区は、現在でもスポーツ利用の多い平和の森公園内に屋内・屋外施設をあわせ持つことでスポーツ振興の拠点としたいとしています。しかし、先ほども触れたように、現在の平和の森公園は、区民、中野区、区議会が一体となって長年にわたり幾度とない協議を重ねてきた経緯と歴史があった上での現在の公園開園となりました。当時、300メートルのトラックと100メートルの直線コースが設置できるようにしてほしいという陳情や、野球場を広場部分に移したらどうかなどの意見も出されていましたが、繰り返しの協議の中で、覆蓋の上部は緑の芝生として多目的に使える広場とする。固定したスポーツ施設は一切設けないとされ、最終的に、緑と広場の避難場所をとの結論に至っています。
 中野区みどりの基本計画では、公園リニューアルの際には日常的に利用する地域住民の意見を反映して行う、公園整備においては区民参加型での検討を実施するとされていますが、現時点でそうした場も示されていません。
 また、11月20日号の区報には、区議会に報告された内容であるとはいえ、あたかも平和の森公園内への新体育館整備計画が決定したかを思わせるような描き方で掲載されました。現時点では説明会も開催されていない中で、今年度中に整備構想、基本計画を策定しようという、あまりにも区民を無視した拙速なやり方は到底認められません。
 そもそも、この計画は、区役所・サンプラザ解体後の再開発のために新区役所を移転しなければならず、その計画に押される形での平和の森公園内への新体育館建設ではないでしょうか。平和の森公園内での建設は白紙に戻し、新体育館建設に当たっては閉鎖期間が生じない最善の方法も含め、配置場所についても十分な区民参加を保障して検討する必要があります。その際、もともとの計画であった第九中学校跡地やその他の公有地などの建てかえもいま一度検討すべきです。
 以上を申し上げ、計7本の陳情に対する賛成討論といたします。