本会議・代表質問 長沢和彦

2 平和の森公園の再整備と区役所・サンプラザの一体再開発について

 2番目に、平和の森公園の再整備と区役所・サンプラザの解体、一体再開発についてお伺いをいたします。
 初めに、平和の森公園の再整備と新体育館建設についてお尋ねします。
 区の説明では、新体育館は、延べ床面積を1万平方メートル程度と現行体育館6,000平方メートルより大規模な建設を予定しています。具体的な設計は示されていませんが、メインアリーナにおいては多様な競技が実施可能な広さを備えたものとし、あわせて駐車場の確保と団体バスの駐停車も確保するならば、現在の少年スポーツ広場の面積、約4,200平方メートルを超える敷地面積となることは明らかです。
 広場周辺の樹木の伐採は避けられず、水辺の広場も維持できなくなり、夏の避暑機能と防火機能の低下を招きます。区は、平和の森公園の再整備による効果として、新体育館を設置することによって防災機能向上を図ることができるとし、体育館の大規模空間を生かし、帰宅困難者の一時滞在場所や大規模災害時の物資の荷さばき場、各種支援団体の活動場所として活用するとしています。しかし、これでは、貴重な避難面積が潰され、公園外周の防火樹林の伐採によって、広域避難場所である公園の防災機能は大きく喪失することになります。区民の貴重な緑と広場が奪われることは認められません。
 平和の森公園の周辺は、平和の森小、旧沼袋小跡地、第七中学校、哲学堂公園など、他の地域に比べても恵まれた施設とオープンスペースがあります。これらの恵まれた条件を生かし、防災・救護施設の整備や備蓄物資の保管、帰宅困難者の受け入れなどを総合的に検討することこそ必要なことではないでしょうか。見解を伺います。
 現在の平和の森公園は、区民、区議会、区の3者による長年にわたる中野刑務所廃止・跡地解放の運動によって整備されたものです。1976年に発行された中野刑務所跡地利用を考える区民協議会の報告書、「中野刑務所跡地の利用計画について」によれば、1954年を起点に、刑務所の移転を求める区民運動が広範に、しかも粘り強く展開されてきたとし、1975年9月の法務大臣の廃止声明によって、全区民一致の長く苦しい区民運動の成果を見たと記されています。廃止声明をめぐって区民の間に多様な区民福祉施設の要求が広がりましたが、区民協議会においても再三の討議を重ね、今後二度と出現し得ないであろう貴重な公共空間であるとの認識から、20余年の区民運動が求めるみどりの広場と避難場所の目的と過密な中野区の現況に照らし、跡地は可能な限り空間として確保し、分割的な利用はせずに、一体的な活用を図るべきであると結論付けられています。
 1981年2月には、前年に設置された中野刑務所跡地利用計画区民協議会が丸1年を費やして中野刑務所跡地にみどりの防災公園をつくるためにと題する基本計画案をまとめ、区長に提出しています。緑の広場を中心に、樹林帯と水辺をできるだけ多く配置して防災に備える、平常時には子どもたちが自由に遊びをつくり出せるような広場や家族でレクリエーションを楽しめる多目的な空間とする、さらに、障害のある人、お年寄り、子どもなどあらゆる区民が日常、非日常とも気軽に利用できるよう、十分配慮するとしています。1997年から98年に至る平和の森公園第2期整備地域検討会における検討の成果においても、この公園の基本的な位置付けは、刑務所跡地利用区民協議会報告、昭和56年が示すみどりの防災公園と家族を中心としたレクリエーションの場であることを確認しています。
 長い区民運動とその成果を無視して、行政都合だけで平和の森公園の利用計画を変更することは、思慮に欠けています。改めるべきです。御答弁ください。
 長い年月をかけて区民の合意で勝ち取られた平和の森公園を、まともな情報提供もなく、区民合意を得る努力もないままに進めるのは大問題です。このたびの方針はあまりにも拙速であり、年度内に計画を決めることは乱暴きわまりないものです。しかも、構想している新体育館や陸上競技トラックなどの整備配置図を区民に示さず、庁内での検討にとどめていることも問題です。区民協議会での結論はもとより、刑務所跡地取得のための都市計画決定や当時の建設省からの補助金決定等の法的拘束をほごにすることも認められません。大体、現在の公園整備の際に補助金を受け取りながら、再度補助金を受け取ることができるのでしょうか。伺います。
 なお、10か年計画で新体育館の建設予定地であった旧九中跡地については、中野総合病院の建てかえ地に活用することを検討しているようです。ことし3月に中野区と中野総合病院、中野区医師会が話し合いの場を持ったようでもあります。適正な手続を踏まえることなく区民財産を一民間事業者に払い下げるような言動は、行政の公正、公平にもとる行為であり、利益誘導ではないかとのそしりは免れません。改めるべきではないですか。伺います。
 平和の森公園内への新体育館の建築方針は、区役所とサンプラザの解体・一体再開発と新区役所の移転建設による玉突きの影響によるものだと考えます。ここに区が急ぐ理由もあり、方針で示されたスケジュールにおいても、体育館を利用できない期間が1年あまり生じてしまうというものです。我が党は、これまで、区役所と中野サンプラザについては、耐震化を施している区役所と中野サンプラザを急いで建てかえる必要はなく、中野サンプラザの所有については、公共性に乏しく、区は撤退することも検討せよと主張してきました。何より区民合意がありません。
 現在、三菱地所、東京建物、NTT都市開発、三菱地所レジデンス、鹿島建設によるパートナーと野村不動産、清水建設、住友商事、第一生命保険、東急不動産によるグループパートナーが提案をして、議会に提案概要書も出されました。建造物等の配置こそ違いがあっても、オフィス、商業、ホテル、住宅などの提案内容に大差は見当たりません。どちらも高層タワービルにすることや、申しわけ程度に広場をつくることまで酷似しています。しかし、これも社会経済情勢を見てディベロッパーが決めることになり、入居する業態がどういったものか、また、撤退するなどはお構いなしというものでしょう。
 2008年の第3回定例会で議決をされた議案、「サンプラザ地区に係るまちづくり整備の方針について」では、中野区は、株式会社まちづくり中野21に将来にわたって同社の所有地を保有させ、中野駅周辺のまちづくりを牽引させるものとするとされていました。中野区とまちづくり21は、再整備計画が定まった後にはどうしていくのか、また、再整備費用についてはどうするのか、さらに、再整備終了後においてはどのようにかかわるのか、伺います。
 中野区が中野サンプラザを出資、増資してまで取得したのは一体何のためだったのでしょう。区が主導的に関与することで区民の意思を生かしたまちづくりに結びつけることができると言ってきましたが、区民がそのように感じているのでしょうか。パートナーらの提案を見ても、区の言うところの関与は、この地区の乱開発を防ぐためではないことははっきりしています。大企業の利益確保のために取得したということではないですか。区役所は、現在の体育館と自転車駐車場の場に移転する計画です。区役所跡地は売却か定期借地権を用いることを予定しているようですが、そこでの収益の一部で区役所の整備をするようでもあります。区役所整備については、PFI等の活用も検討していることも報告されています。民間主導の事業をふやすために用地を提供してまでしてもうけを生み出してあげる、民間活力の活用とか言われてきましたが、実際には、官が世話する民間主導と言えるのではありませんか。これで区民の理解が得られると思われるのか、伺います。