本会議・代表質問

2 平和の森公園内への新体育館建設計画について

 次に、平和の森公園内への新体育館建設計画について伺います。
 第1回定例会において「新区役所・新体育館の整備について」報告がされました。これまで四季の都市(まち)区域3区有地を候補として進められてきた新区役所・新体育館の配置について、新区役所についてはこれまでの方針どおり、一方、新体育館については平和の森公園内に整備するものとして検討を進めたいとの内容でした。新体育館については、2019年度(平成31年度)中の竣工というかなり過密で強引なスケジュールまで示され、そのため今年度中に基本構想・基本計画を進めるための補正予算4,000万円が計上されるという事態になりました。そこで、以下7点について伺います。
 当初、体育館の配置については「旧九中(旧中野中)跡地」で検討を進めると説明がされてきました。しかし、その計画が現在の体育館と体育館南側にある駐輪場を含めた「区域3区有地」へと変更されました。この「区域3区有地」に変更になった理由については、「防災の観点からも一定規模の屋内空間がこの場所に必要である」との説明がされてきました。改めて確認をしますが、体育館の配置が「旧九中(旧中野中)」でなくなった理由をお答えください。
 今述べた理由から、体育館の配置については「区域3区有地」での検討がこの期間行われてきましたが、今回「四季の都市(まち)の中にある事業者や大学等の議論が進む中で、体育館がこの四季の都市(まち)になくても一定規模の屋内空間が構築されるということが確認できた」ということで、再再度の変更となりました。あまりにもその時々の区の都合で説明をしているように思えてなりません。では「区域3区有地」でそもそも想定していた「一定規模の屋内空間」とはどの程度なのか。また、四季の都市にある事業者・大学等で「一定規模の屋内空間が構築されることが確認できた」というのは、どの程度なのかについて併せて具体的にお答えください。
 3点目、新体育館の規模について伺います。
 体育館の規模については、本格的なスポーツが行える施設としても検討していくことが明らかになりました。規模について考え方が示されたのは今回が初めてとなります。そもそも区域3区有地で検討していた体育館の規模と、平和の森公園内で検討していく体育館の規模について違いがあるのでしょうか。そして、その規模とはどの程度を想定しているのか伺います。
 今回、こういった規模での体育館を建設するに当たり、平和の森公園以外の場所は検討をされていません。なぜほかの場所の検討がされていないのか、その理由も併せてお答えください。
 4点目、防災面について触れます。
 江東区の白髭防災団地、杉並区の蚕糸の森公園、そして中野区の平和の森公園などを手がけてこられ、戦後の都市防災において中心的役割を果たしてきた防災の専門家である村上處直先生によれば「人間は空間があってこそ生存可能」と、災害とオープンスペースについて述べられています。平和の森公園周囲の大きな木々は、防火林としての役割も果たしています。区民の方からは「仮にこの公園内に体育館が建設された場合、防火樹林としてのこうした木々が伐採されるのではないか」との声も出されています。仮にこの公園内に体育館が建設された場合、現在の緑が、大きな木々が伐採されることにはならないのでしょうか、伺います。
 5点目、現在の平和の森公園に対する区の認識について伺います。
 この公園は、自由に使える区内最大規模の草地広場があり、子どもが自由に駆け回る、家族でゆっくりくつろげる場としても大変に多くの方に親しまれています。また、広場の周囲はジョギングやウオーキングなどで幅広い層の方が利用しています。この緑豊かで「自由」に「いつでも」出入りできる大きな広場があることが、この公園の最大の魅力という声も多く耳にします。こうした利用をされている現在の平和の森公園について、どう認識をされているのか伺います。
 6点目、今回、この計画はまだ具体的な図面などは示されていません。しかし、ある区民の方から「新体育館の場所は、現在少年野球場がある場所に建設され、体育館の延べ床面積は1万平方メートルで、地上3階・地下1階となるようだ。現在の草地広場に公式の300メートルトラックを設置するような具体的な図面が掲載されているチラシがポストに入っていた」との情報が寄せられました。議会にも報告をされていない、ましてや図面なども出されていないにもかかわらず、なぜこうした具体的な情報が出ているのでしょうか。これは事実なのか伺います。
 最後に、今回の計画はあまりにも区民を無視したものとなっていることを改めて指摘をいたします。
 そもそもこの場所は中野刑務所があった場所ですが、当時、刑務所の移転のための大きな運動があり、さらにこの跡地に緑の広場と避難場所をつくろうと、幅広い区民の皆さん、中野区、中野区議会が一体となって、長年の運動の結果、現在に至っています。何度にもわたる区民大会、国や都への陳情・要請、さらには「緑の広場と避難場所」を基本とする跡地利用に関する諸問題を協議し、区民の合意の形成に資するために「中野刑務所跡地利用を考える区民協議会」が設置され、その中でも繰り返しの話し合いがされたということをお聞きしました。こうした歴史と経過がある公園に突如体育館建設をというのは、これまでの歴史と経過をも無視するものにはならないでしょうか。
 1978年(昭和53年)12月23日付で当時の新井沼袋野方地域の町会・自治会長さんが連名で当時の大内区長宛てに出された「中野刑務所跡地利用計画に関する要望書」には「中野区が買収する約3分の1の敷地は区民の憩いの公園とし、いかなる理由があっても公園に付随する以外の施設は絶対に建設しないこと」と書かれています。そもそもこの場所に構造物を持ってくること自体が認められないのではないでしょうか。この点についての見解と、こうした歴史と経過についてはどう認識をされているのでしょうか、答弁を求めます。
 体育館自体の建てかえは、老朽化の面などからも必要なものと考えており、新体育館建設自体を否定しているわけではありません。しかし、どういった規模にしていくのか、体育館のあり方、その配置場所については区民参加で検討していくことが何よりも大切と考えます。今回、こうした議論なしに突然としてこうした歴史と経過がある平和の森公園内に新体育館建設計画が出されたこと、何よりもその発端として、まだ使える区役所・サンプラザの一体開発計画に押される形で今回の計画が出てきていること、こんなにも大事なことを区民には知らせずに、計画を推し進めようとする区のやり方は間違っています。その点を踏まえ、本計画は一旦白紙にすべきことを申し添え、この項の質問を終わります。