夏をかける!! 5人の区議団

岩永しほ子

節電と暑さ対策に四苦八苦。原発に頼らず、雇用にもつながる自然エネルギー対策に転換を。社会保障の充実を自治体学校で学んできます。

浦野さとみ

8月7日~9日、長崎で開催の原水爆禁止世界大会へ参加。【核兵器】【原発】【戦争】のない世界へ。皆さんと議論しながら、一歩一歩、平和な世の中実現のため取り組みます。

かせ次郎

東日本大震災の被災地の復興も、原発事故の終息の目途も立っていません。被災者救援、原発からの脱却と自然エネルギーへの転換にむけ、汗を流します。

長沢和彦

被災地石巻市に支援ボランティアで行ってきました。一日も早い住民主体の復興が望まれます。区内地域での福祉・防災まちづくりの強化に力をいれます。

来住和行

1107_10

夢の島「第五福竜丸」から代々木公園まで反核平和を訴えて走りつづける「反核平和マラソン」も16回目を迎える。
今年は、7月30日に「反核・反原発」胸に走る。

区立小・中学校と区有施設の耐震改修が実現します

区立小・中学校の耐震化は当初計画では、今年度中にすべて終了する予定でした。
ところが、中野区がこの計画を先延ばししたことへの区民の批判は大きく、党区議団は、学校の安全確保は最優先にすべきであり、学校は地域の避難所としても耐震化を急ぐべきとくりかえし要求してきました。
東日本大震災もあり、今定例会で中野区は、「区立小・中学校で耐震性能がBランクの7校について計画を早急に見直し、耐震改修を早期に完了するとともに、区有施設の耐震改修計画も改定する」ことを約束しました。
今回の区議選での党区議団の公約のひとつが実現します。

教科書の採択で決議。自・公が提案、民主、みんなの党も賛成

採択された区議会決議は「改正された学校教育法では、義務教育の目標の一つとして、『我が国の郷土の現状と歴史について、正しい理解に導く』ことが規定された。これらの教育法規の改正に基づいて改訂した学習指導要領により教科書会社は教科書の編纂を行なった。教育基本法の改正内容や学習指導要領の改訂を十分理解し、適切な教科書採択を行なうよう求めている」としている。
結局は、侵略戦争讃美、憲法敵視の「新しい歴史教科書をつくる会」系の教科書採択を求めているものです。このことは、教育への政治的干渉であり、極めて危険なことです。

-日本共産党が提案-原子力発電からの撤退を求める意見書案

提案した国への意見書案の要旨は、「福島第一原子力発電所の事故は、日本と世界の人びとに大きな衝撃を与えました。
歴代政府が、「安全神話」にしがみつき、繰り返しの警告を無視して安全対策をとらなかったことが、どんなに深刻な結果をもたらすかも明瞭となりました。
原子力発電所を、世界有数の地震・津波国であるわが国に、集中的に建設することは危険きわまりないことです。日本に立地している原子力発電所で、大地震・津波にみまわれる可能性がないと断言できるものは一つもありません。
よって、中野区議会は国会及び政府に対し、原子力発電からの撤退を決断し、原子力発電所をゼロにする期限を定めたプログラムをつくることを強く求めます」というものです。
この意見書案に反対したのは、自、公、民、無所属の林、いながき議員。退席は石坂議員です。

日本共産党区議団の独自測定が住民運動に発展

中野区が独自調査を実施しない中、6月4日から10日までの期間、日本共産党中野区議団が独自に区内59箇所で空間放射線量測定を実施。ビラやホームページ、Twitterなどでお知らせをした4箇所の測定場所には、延べ40人以上が参加。これをきっかけとして、区民の方々による会が発足。会では、独自署名や要望書の提出など、大きな運動に発展しています。区民の皆さんの運動と共産党議員団の取り組みが、確実に区を動かしています。
今後も、食品汚染問題など必要な対応について、皆さんとともに取り組んでいきます。

東日本大震災の支援・復興。猛暑のなか第2陣を派遣、ひき続き支援・復興に全力

垂水地区の無料マーケット

第1陣の来住・金子・浦野議員(5月25日~27日)

7月18日から20日の3日間、台風6号が接近するなか、長沢、岩永、かせ区議を含む11名の救援ボランティアが宮城県石巻市の被災地で活動してきました。
日本共産党の現地救援センターには、連日、全国からの救援物資や義援金が届けられ、多数の救援ボランティアが被災者の要望にこたえた細やかな支援活動をしています。
今回の活動は、初日に被災地の視察、2日目には石巻水産高校グランドに設置された仮設住宅と、住宅被害は少ないものの親戚・友人を頼っての避難生活を強いられている垂水地区での無料マーケット、3日目は床上浸水を受けた住宅街の要望の聞き取り調査に参加してきました。
無料マーケットでは、ハンドマイクで開店を知らせると150人から200人の人々が集まり、トラック1台分の食料品や洗剤、食器、衣類などが30分ほどでなくなってしまうという状況でした。
被災者の共通したことばは、「元の生活に戻りたい」「再建したくとも政府や市が方針を示してくれない」「今、義援金を何とかして」といったものです。
救援・復興支援はこれからも重要です。引き続くご協力をお願いします。